こんにちは、泣き虫保育士ヤマです。
突然ですが、みなさんは
自分が子どもだった時、保育園(幼稚園)は好きでしたか?
私は――嫌いでした。
子ども時代に感じた「違和感」
やらされること。
我慢させられること。
絵を描くのも、歌を歌うのも苦手だった私にとって
園生活は窮屈で楽しくない場所でした。
それでも私は、保育士になりました。
あの時、してほしかったこと。
あの時、気づいてほしかったこと。
その思いが、保育士としての私を育ててくれました。
- つらそうな表情にいち早く気づくこと
- 心が軽くなる言葉を選ぶこと
- 興味を引き出す工夫をすること
すべて、過去の「苦手」だった自分が教えてくれたのです。
「子ども中心の保育」が、時に理解されない理由
でも、子どものために本気になればなるほど…
- 「ヤマ先生は男だから子どもに好かれるだけ」
- 「ヤマ先生が関わると仕事が増える」
そんな声も聞こえてきます。
でも違うんです。
男だから好かれるのではなく、気持ちに寄り添っているから。
仕事が増えるのではなく、環境を子どもの成長に合わせて変えているから。
それが保育という専門職だと、私は思っています。

同じブロックだけで遊ぶ毎日って、本当に保育?
たしかに「安心できる環境」が必要な子もいます。
でも毎日同じおもちゃ、同じ遊び…それだけが正解でしょうか?
「トラブルにならないように分け合って使おうね」
この一言で済ませる保育って、少しもったいないと思いませんか?
保護者支援の「言い方」、それで本当にいいの?
「○○してください」
「△△は困ります」
気づけば、そんな“注意文”ばかりの園だってあります。
たとえば…
- 衣服に名前がない → 掲示板で晒すように注意
- 体調不良の報告がない → 厳しい口調で一方的に伝える
でも、保護者だって毎日必死です。
忘れてしまうこと、ありますよね。
私たち保育者は、
子どもに対しては言い方・タイミング・状況を考えて声をかけるのに
なぜ保護者にはしないのでしょうか?
「子どものために」…その言葉で誰かを追い詰めていませんか?
あえて言います。
『子どものために』という言葉で、誰かを責めていませんか?
子どもが大好きな親と
子どもが大好きな先生が
ピリピリしていたら、子どもはどう感じるのでしょうか。
トラブルの連鎖を断ち切るには
- 保護者に厳しくされた人が、別の保育士に当たる
- 上司に叱られた保育士が、後輩に強く出る
そんな連鎖を何度も見てきました。
怒りの矛先は、正しく向けないと、関係を壊すだけです。
ヤマの伝え方、紹介します。
私もハッキリ言う時は言います。でも同時に、相手の良いところも伝えます。
「ヤマ先生は男だから好かれてるだけ」
→「男は関係ないですね。全力で遊ぶからかな。○○さんのピアノも、子ども達に大人気ですよね。」
「仕事が増える」
→「子ども達、すごく楽しんでましたよね!○○さんの誕生会、感動的でした!」
伝え方次第で、対話は対立になりません。

最後に…みんなで一歩ずつ。
人間関係って難しい。
でも**「相手を認める」ことからすべては始まる**と思っています。
- 少しだけ我慢してみる
- 少しだけ歩み寄ってみる
- 少しだけ見方を変えてみる
子どもたちのために、そして自分自身を救うためにも
心を通わせられる関係を、築いていきませんか?
✉ コメント募集中 ✉
「こんなときヤマ先生ならどうする?」
「私の園ではこうしています」
など、ご意見・質問大歓迎です!
気軽にコメント欄へどうぞ😊

コメント